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ニートの器用貧乏雑記

ノープランヨーロッパ周遊旅行記 vol.5 ポーランド編(アウシュビッツ)

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大学2回の夏、親友と2人でヨーロッパを周遊。

面倒くさがり屋の僕たちは、往復の航空券だけ握りしめて日本を出た。

ガチンコのノープラン旅です。時は2010年8月〜9月。

 

前回のあらすじ

ブルノを出発し、クラクフを目指す。

途中乗り換えを試みるも電車が来ない。

もうこの旅、すっとハプニング無しで終われる気がしない。

 

絵に描いたようなすがすがしい朝

昨日は真っ暗であんまりわからなかったんですが、こんな可愛い屋根裏で寝てました。

パンツ一丁で。

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天窓から外を見ると、それはもうおとぎ話のような街並み。

ホンマにごめんなさい。写真へたくそで。

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家の前の道。

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さて、今日は僕の希望でアウシュビッツ行きます。

僕以外は全然乗り気じゃなかった。

彼らの気持ちがわからなかった訳じゃないけど、絶対に見ておきたいと思っていた。

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負の世界遺産アウシュビッツ

今日はおふざけなしです。すみません。

 

名前は聞いたことあるけど、あんまりよくわかってなかったので自分の目で見て感じ取ってきました。

 

簡単にアウシュビッツについて。。。

ナチス・ドイツの「アーリア人至上主義」に基づき、アーリア人以外をドイツに入国させないといった政策により、強制収容所が建設された。

過酷な労働や、人体実験、大量殺害が毎日行われていた。

収容人数が増えるにあたって3つの収容所ができる。(アウシュビッツ・ビルケナウ・モノヴィッツ

1979年に世界遺産に登録され、「負の世界遺産」と言われている。

原爆ドームもこの「負の世界遺産」の1つです。

 

友達の家から車で1時間ぐらいでアウシュビッツに到着。

英語でのガイドさんのツアーを申し込みました。日本語もありました!

 

有名なゲートの写真です。(毎度ですがほんとに写真ヘタクソでごめんなさい)

ドイツ語で"ARBEIT MACHT FREI"(アルバイト・マハト・フライ)と記されています。

意味は「働けば自由になれる」、彼らにとってはなんの希望もない嘘だったわけです。

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よく見ると"B"の文字が反転しています。

収容者の抵抗の表れらしいです。

 

アウシュビッツに連れてこられた人たちは音楽隊が出迎えます。 

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敷地は広いのに入った瞬間に感じた閉塞感は凄まじかったです。

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死ぬまでここに収容されるんだなと考えたら、希望も湧いてこなかったと思います。

 

集団で列車に乗る様子。ぎゅうぎゅう詰めにされて収容所まで連行されます。

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彼らは集団疎開だと言われて収容所に連れてこられていたので、持ち物を全て持ち出していた。当然ながら没収され、金目のモノはナチスの財源になっていました。

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収容された人の写真。

ほとんどは写真すら撮られることなく即ガス室で殺害されたそうです。

写真には収容された日と死んだ日が書かれてあるんですが、その間たった2日の人とかがいてました。

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敷地を囲うように電線が何重にも張り巡らされています。物見櫓?もありますね。

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こちらは「死の壁」。

ここで毎日ランダムに射殺が行われていた。

壁に見える穴が弾丸の跡。当時の悲惨さを物語っている。

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初代所長ルドルフ・ヘスの絞首刑台。

1945年1月27日にソ連軍により解放され、処刑が行われた。

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ツアーはこの後、僕が1番見たかったガス室へ。

入った瞬間の空気感とガイドさんの説明で気分が滅入ってしまい、残念ながら写真はゼロです。

 

毎日6,000人もの収容者が送り込まれていたというガス室

シャワーを浴びる言われ連れてこられた収容者は中に入り服を脱ぐ。

約30分で完全に死に至り、その隣にある遺体焼却炉で焼かれる。

焼却を行っていたのも同じ収容者たち。

工場のラインかのように殺戮が普通に行われていた。

 

ガス室の見学が終わり、電線を通り抜けて敷地を出た。

正直、その時久しぶりに息をした感じがした。

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次はシャトルバスに乗って第2収容所ビルケナウへ。

 

第2強制収容所ビルケナウ

シャトルバスで10分ほど広大すぎる草原に着いた。

 

門をくぐり抜ける。

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どこまで続くんでしょうか??

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広すぎる。

総面積は1.75平方キロメートル。東京ドーム約37個分だそうだ。

収容されていた建物はほぼ全壊しており、柱だけが残っている。

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収容施設内の様子。

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収容者たちが乗っていた車両。

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アーメン。

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1度は見ておきたいという気持ちで訪れたアウシュビッツ

うん。1度だけで良いと思う。

精神上よくない。

 

帰りはバスでまたクラクフに戻ります。

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